【新着記事】2022/5/16 ゆか先生のかるた教室▶︎

【競技かるた|名人戦|母親コラム⑦】子どもが名人になれた理由・やめそうになった時の対処法


こんにちは。Karuta Clubのゆか先生です。

競技かるた名人位になり夢を叶えた川瀬部長の経験をお伝えする記事の第七弾。

今回は最終章として名人になれた理由を出会いの観点からお伝えします。

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この記事の概要

夢に向かって頑張っている方お子さんが習い事をしている保護者の向けの記事です。

  • 子どもが名人位までたどり着けた理由が少しわかります
  • 母親として今思うことをお伝えします

名人になれた理由〜出会い編〜

いくら習い事を続けて夢を叶える努力をしていても、自分ではどうにもならないことがあります。

それは人との出会い。

以下の3つの出会いが、名人になるための後押しとなりました。

  1. 多くの偉大な先輩方との出会い
  2. 西郷永世名人との出会い
  3. Karuta Clubを通じたみなさんとの出会い

1.多くの偉大な先輩方との出会い

川瀬部長は小学生の頃からからビックリするほど偉大な先輩方と出会う機会に恵まれました
それは、愛知県かるた協会会長の尽力のおかげです。

Karuta Clubでよく紹介している「札流し」。

豊田の市民大会にいらっしゃった横浜隼会の永世クイーンに、

「2分以内でできるようになったら上手になりますよ」

と教えていただきました。

札流しのタイムが短くなると、上達する実感がありました。

会長はいつも将義には「指導はしなかった」とおっしゃいます。

けれども、競技かるたに対する思いは熱く、研究熱心なお方。

「◯◯さんはこういう取り方をするんだ~」

と、上手な人の技法などを教えてくださりました。

「いろいろ試してみてお前に合うものを選べ!」

上手な取りを体感させるのが一番よいと思われてのことだったのでしょう。

ゆか先生
ゆか先生

練習相手にもならなかった頃に時間を割いていただき、大人になってからは練習・試合後に飲みに連れて行ってくださいました。

ありがとうございました。

みなさまとの出会いがあって今があります。

中学生からは練習や合宿に親は同行しなかったので、偉大な先輩方からのアドバイスを自力で吸収したのでしょう。

興味がある方は下の記事をご覧ください。

2.西郷永世名人との出会い

川瀬部長が物心ついた時から、名人はずっと西郷永世名人でした。

愛知県かるた協会会長をはじめ、他会の方もみな口をそろえて、西郷永世名人のすばらしさを話されていました。

競技かるたの技術面はさることながら、人となりについてもまさにかるた道のお手本

川瀬部長は幼いながらにあこがれていました。

どのように指導されたのでしょうか…

間違いなく名人になる夢を叶えるには欠かせない存在でした。

くわしくは対談動画をご覧ください。

ゆか先生
ゆか先生

三島せせらぎ会の方々の力も大きかったです。

これからもよろしくお願いいたします。

3.Karuta Clubを通じたみなさんとの出会い

幼少期から孤独な練習をしてきたので、川瀬部長はいつも仲間を求めていました。

みなさんの中にも、周りに競技かるたを知っている人がいなくて悩んでいる方もいるのでは…?

Karuta Clubは名人になるために作ったわけではありません。

『ちはやふる』で世界中に広がりつつある競技かるたを、多くの人に知ってもらいたい。

そんな気持ちで始めたのがKarutaClubです。

だからこそ、Karuta Clubを通してみなさんと出会えたことはとても大きいです。

そして、みなさんの応援を力に変えて名人になることができました。

多くの方の支えがあるから、名人位へ挑戦できる。

多くの支えに心から感謝できたことが、夢を叶えることにつながった。

「名人をめざして」の動画をみて確信しました。

川瀬部長
川瀬部長

これからもKaruta Clubでの配信がんばります!

川瀬将義名人!こそこそ噂話

川瀬部長(小6)のメモが出てきました。

第53期名人位決定戦のもの。

書き直してきれいですが、本番中は送り札や札移動まで、矢印で書き込んでいましたよ。

いま母親として思うこと

こうして母親コラムを書いてみて、「あの頃は必死だったな」と感じています。

古い教育論が染みついていて、「こうしないといけない!」と思い込んでいました。

一所懸命すぎて、子どもたちには大変な思いをさせてしまいました。

でも、適当に考えていたわけではなく、その時は一番よいと思って出した答え。

なので、自分を責めるのはやめようと思います。

とても濃い幼小期で楽しい思いもさせてもらいました。
学びもありました。

つらい時は罪悪感を抱えずに休んでもいい。

それは、心や脳を傷つけるから。
やめる時はなおさらです。

誰もが夢を叶えられるわけではありません。
夢が途中で変わってもおかしくありません。

でも、頑張りは消えませんし、ダメな自分ではありません。

自分を否定しなければ、違う形でもはい上がることができます。

そして、苦しい後にはチャンスが来ます。

コラムを書きながら、「やめる」の後には救いの流れが来ていると感じました。

試練が来たら、次にくるいいことのために準備しましょう。

準備をしておかないとチャンスをつかみ損ねます。

私は目の前の出来事に一喜一憂してしまって、準備ができませんでした。

みなさんにはどっしりと構えて、頑張りすぎず、長い目でみて、今を存分に楽しんで応援してあげてほしい。

そう思っています。

ゆか先生
ゆか先生

小学生だったわたしはピアノの練習が大嫌い!
ピアノに鍵をかけて練習できなくしたことがありました。

それでもやめさせなかった親に今は感謝。

だから、なるべく「続けてほしいな」と思うのです。

そんなに上手じゃなくても楽しめる趣味があることは幸せなことですよね♪

おわりに

最終回までお読みいただきありがとうございました。
ご覧になるまでは、「川瀬部長は順調に名人になった」と思われていたのではないでしょうか?

「やめたい」とお子さんに言われた時、夢をあきらめそうになった時…。

「川瀬部長もそうだった」と思い出して、少しでも気持ちが楽になれば幸いです。

夢に向かって頑張っている方、お子さんが習い事をしている保護者の方、一緒に乗り越えていきましょう。

この度は川瀬部長の応援、本当にありがとうございました。