三島せせらぎ会を卒業します。

私ごとですが、この春、三島せせらぎ会から移籍することが決まりました。

2021年に門を叩き、西郷永世名人の指導を受けるようになってから、かれこれ5年が経ちます。

その間に念願の名人位の獲得、防衛、失冠、返り咲きとかるた選手として怒涛の日々を過ごして参りました。

それだけに、いざこうして門出を迎えると胸にくるものがあります。

ただこの決断は、川瀬将義のこれまでの経緯と、今すべきこと、これから成すべきことを考えれば、前向きで自然なことです。


実は今回、私の地元である愛知県かるた協会の会長を務めさせていただくことになります

1月名人戦明けから関係者間で調整を進めており、数年かけて会長職の仕事を引き継ぐことになりました。

正式には5月の愛知県内の総会の決議をもって就任となります。

県かるた協会の会長が、県内のかるた会に所属していないのは締まりが悪いので、豊田かるた会への移籍も決まりました。

私が高校卒業まで所属していた愛知県かるた協会が分割されてできた会の一つです。

当然ですが、所属でない、在住ですらない人間が電撃的に移籍して都道府県かるた協会の会長に就任するのは異例のことです。

ただ、
前会長の伊藤孝男先生の後継者探しに難航していると聞いていたこと。

個人的に離れた地から心配していたこと。

どこかで愛知県に恩返しをしないといけないと考えていたこと。

そろそろ全日本かるた協会の一員としての仕事もすべきかなと感じていたこと。

いろいろな想いが重なる中でのお話でしたので、離れた地にいる自分でも力になれることがあるのならとお引き受けしました。

もちろん、西郷さんに相談の上でのことです。


個人的な考えかもしれませんが、肩書きは肩書きにすぎません。

所属も所属でしかありません。

そんな上部ではなく、何をして、何に心を尽くし、何を成すかの方が大切だと思うのです。

もちろん、肩書きや所属もそれはそれで大事です。

肩書きがあるから、所属しているからこそできることも当然あります。

だからこそ、今回の肩書き・所属の変更は私にとっては非常に合理的です。

愛知県かるた協会の会長という肩書きは、私を育ててくれた愛知県に恩返しをする機会を必ずもたらすでしょう。

都道府県かるた協会の会長という肩書きは、地方の競技かるたの大会運営、普及活動の最前線を肌で感じ、より深く知る機会をもたらすでしょう。

競技かるたの世界をよりよくすることをミッションに掲げている私が、理想に近づくための大きな一歩になるはずです

そして、別に引っ越すわけでもないので、今後も三島せせらぎ会の練習には変わらず通い続けることができます。

今回、快く送り出し、今後も変わらず接してくださる、西郷さんをはじめとする三島せせらぎ会の方には深く御礼を申し上げます。

残念なのは、各会対抗団体戦に出場する際のチームだけは変えなければならないくらいでしょうか。

同会で無くなることで私と1回戦から当たってしまうことになる選手が何名かいますが、彼らには僕を倒せるだけの力をつけてもらうとしましょう笑


最後に、今回の愛知県かるた協会の会長職の話、私にとってはかなり大きなチャレンジとなります。

おそらく、これは愛知県かるた協会のみなさまにとっても同じはずです。

それだけ伊藤先生がトップとして組織を牽引してきた期間が何十年と長きに渡ってきたからです。

世の中を見渡すと、トップが変わって瓦解する組織は数え切れません。

おそらく、この局面をスムーズに乗り越えられるかどうかで、伊藤先生が築き上げた愛知県の競技かるた環境を後世に繋げられるかが決まります。

良きものは維持し、時代の流れとともに改めるべきところは改め、愛知県を競技かるたをするのにさらに素晴らしい環境にしていきたいものです。

ここで言うべきことでもありませんが、愛知県かるた協会所属の方は、お力添えの程、何卒よろしくお願いいたします。

また他都道府県の所属の方は温かく見守っていただけますと幸いです。

 愛知県かるた協会会長 川瀬将義